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■ 心の講話バックナンバー 2003年分
     

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● こころのはなし(第22回)2003.12.01

初冬の一日、京都の紅葉を見に参りました。朝まだ靄がかかっているような町並みを通り、京都御所の色鮮やかな楓や銀杏の紅葉を愛でながら、五本線の入った土塀と桧皮屋根の見事な勅使門を見ていくうちに、何時しか平安の昔、王侯貴族たちが行き交うそのような光景を思い浮かべながら玉砂利を踏みしめました。

御所を抜け喧騒の街に戻ると突然に現実に戻されてしまいましたが、御所から京都大學の前を通り、さらに銀閣寺の横から哲学の道に入り、道沿いに咲く真っ白な山茶花が早くも散り始めておりました。

哲学の道をしばらく進み左に折れ、坂道を登っていくと竹林の中に法然院の清楚な萱葺きの山門が見えます。境内に入るとまた見事な紅葉を目にすることが出来ました。その紅葉が清水(せいすい)をたたえた池に映し出され、あたかも極楽浄土が出現しているかのようです。本尊は阿弥陀如来さま、薄暗い本堂に静にお坐りになり、かすかな微笑が人々を迎え入れてくれます。心安らかな思いの中で、法然院を後にし、午後からは東寺(教王護国寺)の「弘法さん」に参拝いたしました。

毎月21日、弘法さんは弘法大師「空海」のご命日、境内には千軒もの露天が並び、20万人もの人出で賑わいます。歩道にも植木の露天が並び、一歩境内に足を踏み入れると人に押されながら前進み、露天商の売り声が響く中でその熱気に圧倒されてしまいます。古着屋があり、骨董があり、お好み焼きがあり、銀杏を焼いて売っている店もあり、陶器の店やチベット人が民族衣装を売っていたりで総てのものが境内に集まっているようです
この露天市の人々のパワーと参拝者のエネルギーはやはり弘法大師の庶民性から来るものでしょう。東寺を紹介するパンフレットには次のように書かれています。
「大師は祈りなき行動は妄動であり、行動なき祈りは妄想であるという信念から、水無き所に池を掘り、橋なきところに橋をかけ、道なき所に道をつけ、食の貧しき者には食を得る方法を教え、病む者には良医となられたのです。」と、これは弘法大師に寄せる人々の信頼の深さを表しています。来月12月の21日は「終い弘法」一度貴方も参拝されたら如何でしょう。

初冬の東寺「弘法さん」に参拝して、何か大きな力を与えれたように思います。

 

       
   

● こころのはなし(第21回)2003.11.15

室町時代の臨済宗の僧、一休禅師は諱(いみな)を宗純、号を狂雲といい後小松天皇のご落胤といわれています。詩集「狂雲集」があり、一休諸国咄などに伝説化されています。ことに一休禅師はとんちの一休さんとして有名です。その一休さんにこのような逸話があります。

ある村に曲がりくねった松がありました。あるとき一休さんは村人に「誰か、この松を真っ直ぐに見たものに褒美をやろう」言いました。それで村人達は色々な方角から松を見ます。しかしどのように見ても曲がった松はやはり曲がった松です。やはり真っ直ぐには見えません。

しばらくしてから一人が「どう見てもこの松は曲がっている。真っ直ぐ見える道理はない」といいました。
すると一休禅師が「そうだ!おまえさんが今、真っ直ぐにみえた。お前に褒美を上げよう」

私たちは曲がっていると素直に答えることこそ、ものを真っ直ぐに見ていることなのです.
我々は物事を真っ直ぐに見ることが出来るでしょうか。あるがままに見ることが出来るでしょうか。私たちは往々に先入観によって間違った見方をしてしまいます。

日本語の「みる」には色々な漢字を当てて読ませます。見る、診る、視る、相る、鑑る、看る、察る、観る。
「見る」はちょっと目に触れること。
「視る」は気をつけてよく見る。
「相る」物の恰好を見て目利きをする。ですから手相といいます。
「鑑る」ものの値打ちを判断する。
「察る」は考えて見る、調べるの意味です。
さて、次は「観る」です。この観は心で認識するという意味があります。般若心経の中で「観自在菩薩」の観という字で出てきますが観自在菩薩とは、観(みる)ことに自在な菩薩と読むことが出来ます。この仏様のお働きは妙法蓮華経観自在菩薩普門品第二十五にでてまいります。
「世尊よ、観世音菩薩は何の因縁を以って観世音と名づくのですか。仏、無尽意菩薩に告げて、善男子よ、もし無量の百千万億の衆生あって、もろもろの苦悩を受く、この観世音菩薩を聞いて一心に名をとなうれば、観世音菩薩すぐにその音声を観じてみな解脱を得せしめん」とあります.観自在菩薩と観世音菩薩とは同じです。
観世音菩薩は生きとしいけるものが色々な悩みくるしみをうけている。もし観世音菩薩と唱えれば、観自在菩薩はすぐにその声を聞き、心で受け止めて速やかにその苦しみ悩みから開放してくださるというのです。人々の苦しみの声を心で受け止める。これが観音様の「観」の意味なのです.

       
   

● こころのはなし(第20回)2003.11. 01

いま讃岐は秋本番というところでしょうか。お米の取り入れも大方済み、農家の人は一年の苦労が報われる時でもあります。今年は特に雨が多かったこともあり、稲の作行きを心配していましたが、どうやら平年並みに収穫ができたようです。

収穫が終わると讃岐ではあちらこちらで秋の収穫を感謝するお祭りが行われます。関東地方は神社のお祭りというとお神輿を担ぎますが、讃岐はほとんどが檀尻(太鼓をのせ、車輪をつけて引いたり、担いだりして練っていく祭礼の曳物)を曳いて一軒一軒廻り家内安全を祈ります。
祭礼は氏神様があって氏子がおり、祭礼には氏子は一軒から一人はお祭りの手伝いに出なければなりません。大勢の人の手によって祭礼が維持運営されるのです。特にこの祭りの主役は若者か小中学生です。ところがこの頃ちょっとした異変が起きています。

それは少子化の影響で子供が少なく、檀尻を曳く人がいません。
ところが一軒に一人は奉仕者を出さなければいけませんが、この頃は高齢化のために家にはお年寄りしかおりません。ほとんどの方が病院通いしている人ばかりです。高齢の方が檀尻を引くことなど到底できません。

でも奉仕は半強制のようで、自分が出られない場合は誰かに頼んで自分の代わりを務めてもらわなければなりません。いま自分の代わりをつとめてくれる人の日当が一万五千円だそうです。
それでも頼まれた人はよい顔をしないそうです。

最近このような話を聞きました。檀尻の曳き手がいないからといって祭りを止める事もできません。世話人会を開いて相談の結果、檀尻を車に乗せて町内を回ろうと言うことになりました。
ところが誰一人自分の車を使ってくださいと言う者がいません。
そこで決議されたのは、氏子から募金して壇尻を乗せる車を買おうということになり、それも檀尻が二台もあるので、車を二台購入したそうです。大変な出費でしたと嘆いていました。お祭りもそろそろ考えなければいけない時期に来ているのではないかとしきりにぼやいていました。しかし伝統あるこうした行事はなんとしても継承していかなければなりません。

厚生労働省がまとめた02年「国民生活基礎調査」の概要によると、65歳以上の夫婦または一人暮らしの「高齢者世帯」数が調査以来、始めて700万世帯を超えたと言います。一方「児童のいる世帯」数は過去最低となり「少子・高齢化」の波は世帯形態にも波及しているといいます。

いま日本人は家族という単位を軽く考えているのではないかと思います。10月21日の朝日新聞に生殖医療に意識のずれと題して、科学技術文明研究員である張 瓊方(チャン・チョンファン)さんが「台湾社会では「家族」が決定的な重みをもっており、子孫を残さないことは、最大の親不孝と考えられている」と述べていました。日本もかつてはこのような考えをもっていました。ところが最近では子供を安心して生める社会環境にないということが少子化の最大理由かも知れません。このままの状態で進むと、未来に向かっての活力ある国民社会の形成は不可能になります。一度真剣に家族とは何かということを考えてみたいと思います。

 

       
   

● こころのはなし(第19回)2003.10. 15

十月一日のホームページで、食事のことを取り上げました。その後の十月四日の朝日新聞に、岩村暢子さん(広告会社アサツーディ・ケイ200Xファミリーデザインルーム長)が「家庭の食の変化を踏まえて」という記事を掲載していました。大変興味深い文章ですので紹介したいと思います。

岩村さんは五年前から子供を持つ主婦(1960年以降生れ)を対象に毎年、現代家庭の食卓実態調査「食DRIVE」を続けているそうです。それによると、確かに子供を取り巻く家庭に「食」実態は激変していると指摘しています。

例えば、「食べることにお金や手間ひまを掛けたくない」「食べることより遊びたい」という子供を持つ若い主婦が珍しくなくなく、「忙しくて食事に手をかけられない」という多忙の中身は友達とのおしゃべり、買い物、趣味やスポーツ、子供の塾の送迎などで、実は家事や仕事を理由とするものより多くなっている。
食事作りは今、そうした多忙の結果として、「作れなくなっても仕方がない」「簡単にすませてもいい」ものになってきている。と述べています。

子供の欠食や弧食、偏食なども背景は深刻だそうです。朝起きない親、朝は作らないと決めている親、あるいは親自身が朝食抜きを常習としているため簡素化されているケースも珍しくなく、「弧食」「個食」もかつては家族の生活時間のズレや不在など「事情」によるものだったが、今では「個の尊重」が理由とされる。個の尊重とは、家族それぞれが自分の好みや都合を他の人に合わせることなく通せることを意味する。

そして、同じ家の中にいてもバラバラな時間に食べる、同じ食卓を囲んでもバラバラのものを食べる「バラバラ食」が増えているといいます。それは、従来の「弧食」「個食」と一見似て非なるものである。親たちは、家族の団欒や楽しい食卓も、そのような個の尊重がかなってこそ成り立つと考える傾向にあると指摘しています。

いやはや大変な時代になったものだというのが実感です。家族が一同に揃い同じものを食べ、親は家族の様子を観察して個々の体調を知り、家族の団欒によって家族の絆がさらに堅固のものとなる。このような家庭を中心とした「食教育を」行うことによって、社会のルールをも身につけていくのです。
家族団欒の食事を大切にする家庭からは問題行動を起こす子供は生れません。

私は今まで何十年もの間、毎月の座禅会で参加者全員にお粥を出し、食事作法を通して食教育の重要性を説いてきました。
それは「食」こそ生きる力の原動力なのです。


       
   

● こころのはなし(第18回)2003.10. 01

数年前にヘルペス(帯状疱疹)という病気で入院したことがあります。このときに血液検査をし、ドクターから「あなたは血糖値が高いですね」といわれ、退院してから専門医に付き定期的に血糖値を調べてもらっています。
 ドクターがおっしゃるのには「糖尿病は決して治りません、これからは食事制限と、運動をしてください」というのです。

 糖尿病の原因は運動不足と、高カロリーの食事です。特に私は讃岐うどんとそうめんが好物で、毎日のように食べていました。
 これを極端までに減らし、脂物を少なくしました。その結果血糖値は見る見る下がり、現在では平常の数値なっています。

 この低カロリーの食事の内容調べてみると、温野菜が主体で肉類はほとんど取りません。俗に言うベジタリアン(菜食主義者)の食事ですし、修行時代の修行道場の食事そのままです。

 修行道場の食事はいわゆる精進料理です。精進料理は動物性のものを排除するのですが、植物でも食べてはいけないものがあります。にんにく、にら、らつきよう、たまねぎ、はじかみ、を五辛(ごしん)といい肉食と同様に食することを禁じられるのです。要するに刺激性のものは修行には適さないのです。

さて、このベジタリアンの食事を続けることは大変です。食欲といいますから、美味しいものを食べたいという欲望は限りなく襲ってきます。ですからダイエットをする為に食事制限をすることが難しく、ついには挫折してしまうのです。

五千年以上も前のエジプトのピラミットにある碑文に、「人間は食べる量の四分の一で生きていける。残りの四分の三は医者が食べている」との言葉がありますし、「腹八分に病なし。腹十二分に医者足らず」といい、美食過食を戒めています。

平均寿命が二年のねずみの食事と寿命の関係を、東京都老人総合研究所が調査しました。腹半分で七百二十日。常に満腹で六百八十日、腹八分目で千二百二十二日も生きたのです。
 腹八分目のネズミは人間の寿命でいうと百歳以上の長寿にあたります。満腹ネズミの寿命はその半分です。

仏道修行では特に食事作法(じきじさほう)といって、食事については厳しい作法がありますが、感謝するというこころの豊かさと、美食、過食を戒め必要の限度に摂るという食事の基本は是非守っていきたいと思います。

 

       
   

● こころのはなし(第17回)2003.09. 15

 お彼岸
タイやミャンマーを旅行すると、朝、鉄鉢を持った僧侶が列をなして托鉢を行い、町の人々が、ご飯やおかず、お金やお花などを鉄鉢の中に施しをし、その僧侶たちを拝んでいる姿を見ます。

この国の僧侶は、鉄鉢に施しを受けたものしか頂けないのです。
タイのお坊さは上座部、または小乗仏教といって、自己の覚りを開くための修行が中心で、あまり大衆と共に生きるというたてまえをとりません。また、タイの国では、男性は一生に一度、お寺で修行しなければいけません。
 このように一年中修行に励み続けるということは、大事なことですが、大衆と共に生きている日本の仏教では、僧侶も信徒もなかなか実行できにくいことです。そこで春と秋の好季節にそれぞれ一週間だけでも真剣に仏道修行に励んでいこうとして定められたのがお彼岸です。

彼岸とは彼の岸、つまり仏様の覚りの世界へたどり着くための
仏道修行の強化週間ですから、よくよくその趣旨を考え、それを全うできるような生き方をしたいものです。
 自分の日々の生活を振り返り、足りないものを補う努力をしていくために、仏教では六つの目安をかかげています。

(1) 周りの人々に笑顔や、施しが足らない人は、施しをしましょう。
(2) 社会のルールを守る努力をしましょう。
(3) 我慢が足らないと思う人は、耐え忍ぶ努力をしましょう。
(4) 今の自分に出来ことを一生懸命努めていきましょう。
(5) 日々イライラしている人は、穏やかなこころを持つ努力をしましょう。
(6) 仏様の教えを学び、今の自分に足らないことを補う生き方を実践していきましょう。
 
私たちは人間ですから、なかなか完璧に努めることが出来ませんが、努力していくことが大事なのです。ご先祖様から生かされているいのちを大切に、日々の精進と感謝の気持ちを忘れないようにしましょう。

       
   

● こころのはなし(第16回)2003.9. 01

 八月最後の土、日、何十年ぶりにキャンプに行きました。キャンプ場は香川県小豆島にあるさらに小さな余島です。島の大きさは周囲2,2キロというほんとうに小さな島、島の一番高いところで42メートルです。その中にテニス場、アーチュリー、釣りなどいろいろな施設があり、まさに独立国といった感じです。
このキャンプ場は神戸のYMCAが経営しています。

このたびキャンプに参加したのはお寺で主宰している密教禅塾、座禅会のメンバーの内27人です。ほとんどの方が50歳以上です。ほんとうに働き盛りの人たちばかり、皆が言うのは「本当にキャンプ久しぶり、何十年ぶりかな、」という者ばかりです。
ですから、海に入ってのはしゃぎぶりはお見せしたいぐらいでした。
夜はキャンプフアイヤーではYMCAのリーダーの方がほんとうに楽しく指導していただいたお陰で、目を輝かせ童心に帰ることが出来ましたし、それにもまして時間から開放されほんとうに楽しく時を過ごしたことでした。

次の日、朝起きてみると島全部が蝉の鳴き声で覆われています。それは本当に凄い、この夏を惜しむかのように鳴いています。
蝉は7年も土中にいて、地上に出てくると4,5日のいのちと聞いています。ほんとうに短い命を精一杯生きている感じです。
その蝉の鳴き声を聞いていると、何か短い命ゆえに哀れささえ感じられます。
しかしこの蝉の生きている時間感覚は人間と較べたらほんとうに短いのでしょうか?
7月10日の朝日新聞くらしの再考という欄に興味ある話が載っていました。東京工業大学本川達雄教授によれば、
百年以上も生きるゾウも数年しか生きられないネズミも、一生の心臓の鼓動数や呼吸数の総計では、ほぼ同じだといい、「両者の一生の時間的感覚に大差はない」と言うのです。別の言い方をすれば、寿命ではむしろゾウに近い人間が、ネズミのスピードでは生きるのが不可能。「人間の社会生活の時間だけが加速続けているから、ストレスを抱えることになる」といいます。
昔は空が明るくなってから起き、日が沈むころまで働き、太陽や星の運行によって大まかな日時を知り、細かい時間はろそくの燃焼や、砂の落下によって計測していました。時を支配したのは神であり自然でした。それが、機械時計の登場で「人工の時間が」日常を支配するようになました。時間を気にせず納得するまで仕事をする世界から、時間に縛られた生活になり、せかせかと生活に追われる日常になり、ますますストレスが溜まるようになったのです。堺市博物館の角山榮館長の話です。
皆さんも、時間から開放されるひと時をつくられたらいかがでしょうか。自己を見つめるよい機会になります。

       
   

● こころのはなし(第15回)2003.8. 15

 八月八日は暦の上で立秋でした。今年の夏は不順な天候が続き、農作物への影響が心配されます。お盆の十四日などは雨が降り、十月初旬の気温です。大体八月八日ごろから秋に入り、秋の気配を感じる頃だといわれています。

 さて、この八月八日は立秋ではありますが、色々な記念日になっています。「ひげの日」「瓦の日」「親孝行の日」「プチプチの日」
「そろばんの日」「パパイヤの日」「発酵食品の日」「地球歌の日」
「笑いの日」とほんとうに沢山ありますね。これらの記念日は総て八月八日に由来しているのです。

 これらの記念日が何故八月八日なのか皆さん解かりますか。まるでクイズのようですね。ではこの中のいくつかを紹介してみましょう。
 先ず「ひげの日」、これはカミソリメーカーが提唱して制定されたのだそうです。ひげの形が「八」に似ているところからこの日になったのだそうです。因みに「耳の日、鼻の日、目の愛護デー」とともに「日本四大顔面記念日」なのだそうです。

 次に「親孝行の日」はいかがでしょうか。この記念日は親孝行全国推進運動本部が1889年に制定し、父母を大切にする精神を全国に広げるために、「ハハ(母)」と「パパ(父)」と「8」「8」の語呂合わせです。これなどはまだ分かりますが、次はどうでしょう。

 「プチプチの日」です。これだけでは何のことか理解できませんね。これは商品などのクッション材として使われている気泡シートの専門メーカーが制定しました。
 数字の8が「プチプチ」の配列を連想させることと、8を「パチ」と読むと「プチ」と似ているという理由からだそうです。
 こじつけもここまで来るとご立派という他はございません。よくもここまでこじつけたものだと感心させられます。

 ところでこれは納得できるというのが「笑いの日」です。敬老の日の実現に努力した日本不老協会が八月八日は「ハッハ」と読める語呂合わせから、この日を制定して国民の祝日にしょうと運動をしているのだそうです。
ドクターの日野原重明先生は、朝日新聞ビイ・オン スタディーで、実は「人が笑うと幸福になれる」というのは、気持ちの上だけではないとして、医学的には体の中の生理作用が変わり、モルヒネに似た構造のホルモンが生産されるとか、膠原病(こうげんびょう)や癌などの難病を抱える人の体の免疫力がわいてきて、病気の進行が抑えられるという説もあると書いています。
 また、最近では、糖尿病の患者さんに笑いを起こさせる刺激を与えると、高かった血糖値が一時的に下がってくる、ということも分かってきたといわれています。

 生活のなかで笑いというのはほんとうに大切なことだと思います。人は若いときにはよく笑いますが、段々と年をとるにしたがって笑いが少なくなり、高齢になるとまったく無表情に近くなります。

 人の表情はその人の心の働きが豊かであるかどうかのバロメーター(指標)となるものだと思います。
心豊かに笑いと、微笑みのある人生を送りたいと思います。


 

   

● こころのはなし(第14回)2003.8. 1

お 盆
 今から12年前、私の母は亡くなりました。
 生前、母は何気なく「昭和35年頃は、お寺は農地解放のために土地を失い、苦しい時だったよ、お前がちょうど大学に入ることになって、お金が無いのでお父さんと相談し、父親名義の僅かに残った土地を売って入学金に当てたんだよ。あの時が一番苦しい時だったからね」とポツリと言いました。
 私は、今までそのような事実があったことも知らず,大きな衝撃を受けました。

「父母恩重経」(ぶもおんじゅうきょう)に「己(おの)れ生ある間は、この身に代わらんことを念(おも)い、己れ死に去りて後(のち)には、子の身を護(まも)らんことを願う」とあります。まさに両親の子を思う心は、何時の世にも変わるものではありません。
 お釈迦様のお弟子である目連尊者(もくれんそんじゃ)は、生前やさしかった母親は、いまどの世界に生まれ変わっているだろうと、神通力をもって透視したところ、餓鬼という苦しみの世界に墜ちていました。何とか母を救いたいという一心でお釈迦さんに相談すると、「インド各地を回って布教している僧たちが雨季の期間、祇園精舎に帰り修行する。その修行が終わる7月13日から15日の三日間(月遅れのお盆は8月13日〜15日)修行僧に布施をしなさい。その功徳によって,母親とすべての餓鬼達は救われるだろう」と告げられました。

 目連尊者はその通りに実行し、再び神通力によって見通すと、母親は極楽世界に生れ変わっていたのです。その様子をどうなるのかと見守っていた僧侶達は、目連尊者の母親が極楽に生れ変わった事を知り、小躍りして喜びを分かち合いました。それ以来お盆の行事として盆踊りが盛んになりました。
昔からお盆には精霊(しょうりょう)が家にお帰りになると言われ、13日には家の前で火を焚き、精霊をお迎えし、15日には再び火を焚いて精霊をお送りいたします。(この行事は各地によって異なる)
 私の住んでいる高松ではキリカドウロウという紙で作った灯ろうを仏壇の前に飾り、精霊を迎え、季節の果物やお団子を供えて精霊に供養し、冥福を祈ります。 このお盆の行事を通して、
感謝の心と、慈しみの心を育てたいものです。

 

       
   

● こころのはなし(第14回)2003.7. 15

いま四国遍路が盛んです。特に歩いてまわる「歩き遍路」が多くなりました。大きな荷物を背負い、編み笠をかぶり、金剛杖を突きながら黙々と歩んでいる遍路をよく見かけます。多くは若者ですが、中には中年や老人の方もいらっしゃいます。、 四国八十八ヶ所の行程は1200キロ、その行程をいったい何の目的で巡拝するのでしょうか。多くは見失いがちな自己を取り戻すための巡拝が多いと聞きます。歩き遍路はよほど意志が堅固でないと挫折してしまう。
 雨の日も、炎天下でも歩かなければなりません。一夜の宿に困ることもあります。体調を壊したら歩けない。いろいろな不安が付き纏います。
自分と真正面に向かい合い、自問自答しながら四国の自然に触れ、人情の機微に触れながら何時の間にか心が癒されます。それこそお大師様のお陰を頂くのです。
そうした中で、人に言えない苦悩を背負って歩き続ける人もいます。

6月のNHKの番組でドキュメンタリー「にんげんドキュメント」に四国八十八ヶ所の巡拝を続けるお遍路さんが紹介されました。そのお遍路さんは80歳という高齢です。
手押し車に生活用品を積み、その車を押し、足を引きずりながら1200キロを歩いています。それも一度だけでなくもう何十回と巡っているらしいのです。
このテレビを見ていて、なぜ自分の家に帰らないで巡り続けるのだろうと、ふと疑問に思ったのですが、何かそこには人に言えない事情があるのだろうと察しました。
7月に入ってある日、新聞を見ていると、ある見出しが目に飛び込んできました。

「十年前に大阪で殺人未遂、遍路番組出演で発覚」というものでした。本人の顔写真まで載っています。
それが驚いたことに、人間ドキュメントに出演していたあの80歳になる老人だったのです。テレビをみていた捜査員が気づいて十年前の殺人未遂事件の容疑者で有ることが分かり逮捕に繋がりました。この老人は最近「生涯遍路」を続けるお遍路さんとして雑誌やネットでも取り上げられていました。

老人は警察の手から逃れるために四国遍路をはじめたのでしょうか。はじめはそうだったかも知れません。
ところが巡拝している間に、四国の人の温情に触れて、大師を頼りとして巡るうちに、この巡拝が十年前に犯した罪の懺悔の旅、償いの旅へと変わっていったのだと思います。故郷に帰りたくても帰れない。生涯遍路をして最後は一人寂しく死んでいってもよいと考えていたのかも知れません。
罪は罪として、法の裁きを受けなければなりません。これからの夏の暑さの中、矯正施設の中で過ごさなければなりません。80歳の老人には大変なことと思いますが、立派に罪を償い、また再び四国に帰ってきて欲しいのです。
弘法大師さまもきっとそう望んでいるに相違有りません。

 
 

       
   

● こころのはなし(第13回)2003.7. 1

朝日新聞に小説家の五木寛之さんがみみずくの夜(よる)メールを連載してます。その54回に秋田県の曹洞宗のお坊さんで作る青年会の依頼で、五木さんは秋田市で自殺に関するシンポジウムに参加されています。
 
 秋田県は県民あたりの自殺率が八年連続日本一だそうです。平成3年に一万九千人台であった日本人の自殺は、翌四年に二万人を超え、最近の四年間は毎年三万一千人前後で定着しているのだそうです。

 自殺する本人は苦しみぬいた末の結論だとは思いますが、上記の統計の平成2年ごろはバブルが弾け、日本は不況の時代へと進み、今年の3月現在の完全失業者数は349万人、前年の同じ月より10万人増えています。こうした不況という社会状況が背景にあり、世界有数の自殺国になっているのかも知れません。

自殺は家族や周囲の人々にとって、とても辛いことです。家族に自殺者を出したことが、新たな差別を生むことになると五木さんは述べています。
子供たちが学校でそのことをからかわれたり、陰で噂されたりして、転向を余儀なくされるというケースも少なくないといわれています。また就職や結婚に影響することもあるといわれています。
 
それ以上に自殺が問題なのは、自殺者が出た場合、その家族、友人、地域や職場の仲間など数多くの人々に心的外傷を負わせることになるといいます。

アメリカは十数年にわたる泥沼のベトナム戦争で五万八千人余りのアメリカ人の命を失いました。私たちは、この一見平和で豊かな世の中で、二年間に6万8千人あまりの民間人の自殺者を出しています。

いのちの大切さを幼少時からしっかりと身につけ、また苦しいことに堪えられるだけの精神力を養う教育をしなければいけないと考えます。

秋田県の曹洞宗の若いお坊さんが、次に自殺についてどのような行動を起こすのか、これからの活動を期待しています。

 

       
   

● こころのはなし(第12回)2003.6. 15

平成14年5月16日の産経新聞、「ウエーブ産経」の頁に「お母さん、ぼくが生れてごめんなさい」{出版は扶桑社}という本が紹介されていました。この本は昭和50年に、15歳で亡くなった重い脳性麻痺の少年「やっちゃん」を中心とした障害を持つ子供と家族の記録です。その中に「おかあさん、ぼく生れてごめんなさい」の詩が出ています。

「おかあさん、ぼく生まれてごめんなさい」
ごめんなさいね お母さんごめんなさいね おかあさん
ぼくがうまれてごめんなさい ぼくを背負いにかあさんの
細いうなじにぼくは言う ぼくさえ生れなかったらかあさんの
白髪もなかったろうにな 大きくなったこのぼくを背負って歩く悲しさも かたわな子だと振り返る 冷たい視線に泣くことも ぼくさえ生れなかったら ありがとうおかあさんありがとうおかあさん おかあさんがいるかぎり ぼくは生きていくのです
脳性まひを生きてゆく 優しさこそが大切で 悲しさこそが美しい そんな人の生き方を 教えてくれたおかあさん あなたがそこにいるかがり あなたがそこにいるかがり

首もすわらない、自分で食事も出来ない「やっちゃん」を支え、苦悩した家族とお母さんの記録でもあります。
奈良県の養護学校で「やっちゃ
ん」の担任であった向野幾世先生があげる無数の言葉と「「やっちゃん」が伝えたい言葉が一致すれば、イエスのウインク、違っていれば舌をだしてノーのサインを送る方法で詩を作りました。
出だしの「ごめんなさいね おかあさん」だけで一ヶ月かかったといいます。この詩を完成するまでどれだけの時間がかかったでしょうか。向の先生の根気強さにはただただ頭が下がる思いが致します。
なぜ先生は重度の脳性麻痺の「やっちゃん」を見捨てることなくこの詩を完成させたのでしょうか。それは向野先生が「やっちゃん」の可能性を信じたのだと思います。
私達はすぐにその人の姿、形で判断してしまいます。普通重度の脳性麻痺の障害であったなら、本人は何も出来ない、何も理解できないのだという先入観に執われてしまいます。しかし向野先生は「やっちゃん」の人格を認め、一人の人間としてその可能性を信じ、その能力を引き出したのです。
それがこの詩という形で結実したのだと思います。

50年4月、障害者の詩をメロディーにのせて歌う「第一回わたぼうしコンサート」で披露され、やっちゃんは車椅子でステージに立ち、それから約二ヵ月後に亡くなりました。
やっちゃんは「お母さん、ぼくうまれてごめんなさい」のただ一つの詩を残して他界しました。「やっちゃん」は詩菩薩という仏
様ではないかとおもいます。この詩によってどれだけ多くの人
が感動し、救われ、困難さにうち勝つ心を教えて頂いたことか。
南無詩菩薩。


       
   

● こころのはなし(第11回)2003.6. 1

 5月24日にまた3人のネット自殺がありました。今年に入ってから6件目、17人が自らの命を絶ちました。この6件は何れも車の中に練炭を持ち込み、一酸化炭素による中毒死です。
 「一酸化炭素中毒で逝こうと思っています。自殺したい方を募集します」とインターネットで知り合い自殺を実行しています。それも自殺者のほとんどが30歳以下の男女です。
 何故死に急ぐのか、また一面識もない者にネットの呼びかけだけで同調し、自分の命を託してしまう。何とも不可解です。
自殺願望のものが一人で死ぬことが心細く不安で、同調者を募集したのでしょうか。また同調者はドライブに誘われ、気軽に車に乗り込めように道連れになる。いのちというものはそのように軽いものなのでしょうか。
ある男性の遺書の中に、「俺が死ぬのは、これからの世の中に悲観しているから」と記されていたといいます。この男性は僅か二十数年の人生の中でなんとも早い結論ではないでしょうか。
 仏は「人身受けがたし、今既に受く」と説いています。人がこの世に生まれてくるということは稀有なことだというのです。
 ある大海原に一匹の盲目の亀が住んでいました。この亀は百年にただ一度、深海から浮上し酸素を吸うと再び深海に戻っていきます。丁度そのとき大海原に一枚の板が流れていました。
亀は百年目ということで酸素を吸いに浮上し、海面に頭を出した瞬間に流れていた板に頭をぶつけ、さらに板の中央に穴があいていて、その穴に亀は首を差し込んでしまいました。
このようなことはめったにある事ではありません。これは人間がこの世に生を受けることの難しさを説いているのです。
 
では実際に私達の命はどのようにして生まれたのでしょうか。
宇宙は約百五十億年前のビックバン(宇宙の進化の出発点になったとされる大爆発)によって出来たといわれています。ビックバンから数十秒後にはいまの宇宙にある物質は全部出来たそうです。人間の体を構成している物質も、百五十億年近くも昔にできたものが、今の私たちの体の中にあります。またこの地球が誕生したのが今から四十億年前です。その地球が最初はマグマの塊でした。それが段段と冷えて、その過程で雨を降らせ、海が出来ました。その海が冷えて120度ぐらいになったとき、海の中に最初のバクテリアが誕生しました。
 そのバクテリアがやがて光合成によって成長し、進化しながら私たちのいのちまで到ったのです。約40億年の時間を経て今の私があるのです。そのように考えるとすべてのいのちは実に尊く、
そのいのちの継続を自ら断ち切ってしまうのは、まことに残念というほかはございません。
 日本は豊か過ぎて真の生きる目的を見失いがちです。幼少からいのちの尊さを教え、どのようなことにも耐え忍ぶ忍耐強さを養っていかなければいけないと思うのです。


 

       
   

● こころのはなし(第10回)2003.5.15

菩薩は 無量の善法において ただ功徳を見、
 
ただ真実を見、決定(けつじょう)して 

他縁に従わず。
           瑜伽論(ゆがろん) 43

この言葉を訳しますと、菩薩は良いところや真実の面を見て、決して何かに引きずられることはないと説かれています。

世の中のすべてのことは、善意をもって見る場合と、悪意を持って見る場合とでは、その姿が180度変わって見えてくるものです。
 ある窃盗事件で一人の男を容疑者として連行いたしました。その男は貧相で身に付けている洋服は実に粗末でした。警察官はその男を見て、姿、形からこの男が怪しいと判断して取り調べをはじめました。
警察官はその取り調べも威丈高で、犯人と決め付けて調べを進めます。こうしたことはよくあることで、姿、形だけで先入観をもち取調べを行います。これが善意をもって取り調べると、状況は一変します。
 
ある時、一休禅師が粗末な衣を着て、ある家に法事に出かけました。施主の家では粗末な坊さんが来たということで、あまりよい待遇もせずに、お布施もそこそこに包んで渡して帰ってもらいました。
ところが次の法事の時には見事な金襴の豪華な衣を着け、正面玄関から堂々と入りましたところが、下にも置かぬ持て成しをうけ、お布施も倍以上も包んであります。一休さんは衣の良し悪しで値打ちを決めるのなら、このお布施はお返ししますと立ち去ったという話があります。

世中は善意で見るか、悪意をもって見るかで、その姿は変わってくるのです。
 
また世の中にも、不平や不満や愚痴ばかりこぼしたり、反対する人がいます。そんな人はたぶん不平、不満という角度でしか物事が見えないのだと思います。
逆にどんな境遇でも、いつも楽しそうに明るく乗り切っていく人もいます。その人のこころはきっと善意にものを見ることができるのだろうと思います。


       
 

● こころのはなし(第9回)2003.5.1

法句経の133番の詩はことばについてのいましめです。
 
粗(そあら)なる ことばをはなすなかれ

言われたるもの また なんじにかえらん

いかりより出ずる言葉は げに苦しみなり

返杖(しかえし)かならず 汝の身にいたらん

言葉は人と人の意思を伝える重要な手段です。この言葉が正しく使われ相手に伝えられた時は、お互いに意思の疎通がなされ、お互いに理解できるわけです。
 ところが相手は必ず感情を持ち合わせていますから、全部が全部正しく伝わるとは限りません。そこに言葉の難しさがあります。
不用意にしゃべった一言で相手のこころに大きな傷を負わせてしまうこともあります。
 釈尊は粗暴な言葉を吐かないようにしなければいけないといわれています。粗暴な言葉とは言葉による暴力です。

先日息子から、一冊の本をプレゼントされました。それは「水は答えを知っている」サブタイトルが「その結晶にこめられたメッセージ」サンマーク出版、著者は江本 勝です。

著者は波動測定という方法で、水に関する研究を行い、水を結晶させてその結晶写真を撮ることに成功しました。それによると数々の新しい発見があり、その中で水道水と比べ自然水は素晴らしい結晶を見せるそうです。

また水にベートウベンの交響曲「田園」を聞かせます。田園は明るく爽やかな曲調の通り、美しい水の結晶を作ります。
 逆に怒りと反抗の言葉に満ちたヘビーメタルの曲は、結晶がばらばらに壊れた形になってしまうそうです。

同じように「しようね」という語りかけの言葉を貼った水は形の整った結晶になり、「しなさい」の方の水は、結晶を作ることができなかったということです。

著者はこの実験が教えてくれることは、私達が日常口にしている言葉がいかに大切か、「よい言葉を発すれば、そのバイブレーションは物をよい性質にかえていき、悪い言葉を投げかければ、どんなものでも破壊の方向へと導いてしまいます。」と述べています。
釈尊や弘法大師空海の教えには、多くの言葉の大切についてとかれています。このことは言葉には魂が宿っているのだと教えてくれています。

   
 

● こころのはなし(第8回)2003.4.15

聖路加国際病院の名誉院長で、91歳で活躍されている日野原重明先生が、3月8日の朝日新聞ビー オン スタディのページに「若い二人に学んだこと」と題して寄稿され、夫婦の愛について書かれていました。

先生は夫婦愛について若くして癌で逝った女性とその配偶者に教えられました。と前置きして、二人は、商社勤めの夫の仕事の都合で関西に住んでいました。彼は夕食を必ず家で食べるほどの愛妻家、彼女はスポーティーな女性でした。しかし38歳のある日、急に体調を崩し、診察を受けると腹部にこぶし大の固い腫瘍が見つかり、すぐに開腹手術を受けましたが、進行性の大腸がんで肝臓にも転移していました。

先生はありのままを二人に告げました。妻の死期を覚悟した夫は会社に無期限の欠勤届を出し、介護に専念しました。
彼女の死がいよいよ近づいた時、日野原先生は彼に仕事をなげうってまで付き添う決意をさせたのはなんだったのか、尋ねたのです。すると、彼は迷いもなく「今でないとできないことは何かと自問した時、妻の介護に専念することしかないと分かり、そう行動しただけです。会社の義務は後から十分に果たすことができますが、今を失っては、彼女を愛する機会はまたとこない」この「時」との出会いの中で、どう生きるか、選択が追られていても、多くの人は気づかず見過ごすのです。

その時をどう生かすか、愛しい連れ合いに愛をどう表現するか。すべて勇気ある選択だということを、若い二人から学んだのですと結んでおられます。

仏典に法句経があります。このお経は「ダンマパタ」のなで親しまれています。仏教を開かれた釈尊が説かれた「金口の説法」といわれています。その50番目に説かれている詩を紹介いたします。

他人のよこしま(邪曲)なるを 観るなかれ
ひと(他人)のこれをなし かれの何(な)を作さざるを
観るなかれ ただおのれの 何を作し 
何を作さざりしを 想うべし
 
まさにこの詩は日野原先生のお話は「時」との出会いをどう生きるかをお話しています。釈尊は自分のことを常に振り返り、自分が何をしたか、自分がいま何をすべきかを考えることが大切であると説かれています。

 

     
   

● こころのはなし(第7回)2003.4.1

無尽蔵
無心に働く人の 輝き
邪気のない人の すがすがしさ
戦わない人の  やすらぎ
勝ち負けのない人の 強さ
思い込みのない人の 正しさ 

野心のない人の 静けさ

幻想のない人の 爽やかさ

こだわりのない人の おおらか

とらわれのない人の 大きさ
なにもない人の 豊かさ 
              倉内松堂
 この詩は無尽蔵という題です。私のところに送られてきた葉書に印刷されていました。素晴らしい詩なので使わせていただきました。
 
「無尽蔵」、よく使うことばですね。尽きることがないということです。無尽蔵の出典は、中国北宋の時代、蘇軾(そしょく)の詩に出ています。
 「無一物中無尽蔵、花有り月有り楼台あり」ということばです。実はこの言葉は覚りの境界を表した言葉です。

本来覚りの世界は体験によってのみ得られるもので、その覚りの内容は言葉や文字で表すことは不可能です。ですからここでは無尽蔵という言葉だけをピックアップして話を進めます。
普通にこの言葉を読んでみると、自分はなにも持っていないけれど、心は有り余るほど豊かであると解釈できます。


では、この無尽蔵の「蔵」とは何を指しているのでしょう。蔵とは普通収穫した穀物をしまっておくところ、また商品や家財などを火災、盗難などから安全に保管管理する目的で建てられた倉庫です。蔵は限られたスペースしか有りませんので、当然蔵に出し入れする品物には限りがあります。ところが無尽蔵は尽きることがない。といっています。
 
この蔵とは大宇宙を蔵と表現しています。大宇宙は無限です。その無限の大宇宙は総てのものを生み出し、そして大宇宙の中に包み込んでいます。この大宇宙の中に我々も存在しているのです。要するに大宇宙が母親、小宇宙がその胎(おなか)にいる胎児の関係です。母親も胎児も同じ体なのです。

ですから大宇宙をマクロ、同じ宇宙の存在として人間をマクロといいます。
さて、この蔵、(大宇宙)は総てのものを生み出し、包含するという無限の大きさをもっていますから、我々も小さな自分にとらわれずに、おおらかな無限の心で生きていくことを、この詩は教えてくれています。


 

     
   

● こころのはなし(第5回)2003.3.15

春場所や浪花言葉の嬌声が        土偶
大相撲大阪場所が始まりました。そして東大寺二月堂の修二会(しゅにえ)、お水取りの行も営まれ、長さ8メートル、重さ55〜60キロの籠松明が二月堂の欄干から突き出され、火の粉が滝のように人々に降り注ぎ、無病息災を祈って2万8千人の参拝客が歓声を上げていました。
 いよいよ春です。これで寒かった冬ともお別れと思うと、胸がわくわくいたします。お寺の境内にある桜の蕾も大分膨らんできています。

 今年は18日が春の彼岸の入り、お彼岸は一週間、24日までです。このお彼岸は一般には先祖のお墓参りの行事と思っている人が少なくありません。テレビでもお墓にお参りをする人を放映しています。実はこのお彼岸は亡くなった人を供養する日ではないのです。
お彼岸(ひがん)とはか彼のきし岸、あちらの岸ということです。もちろんあちらの岸があればこちらの岸、此の岸があります。これを此岸(しがん)といいます。
この岸は(此岸)は我々が住んでいる現実の世界です。この現実の世界は人間の欲望渦巻く世界でもあります。そして苦しみ、悩み、憂い、悲しみの多い世界です。このような世界を娑婆世界と表現しています。
娑婆世界とは苦しみの世界、思うようにならない世界を意味します。この苦しみに満ち満ちている世界を此岸(しがん)この岸というのです。
彼岸は此岸に対して彼の岸、こころ安楽な安らぎの世界を彼岸といいます。

では、この岸からかの岸に渡るにはどうしたらよいのでしょうか。ところでこの岸からかの岸に渡るには煩悩という強い流れの川を渡らなければなりません。そこで川を渡る船が必要になります。その船を波羅蜜多(はらみた)といいます。般若心経の中に出てきます。
仏説般若波羅蜜多心経の波羅蜜多です。これを簡単に訳しますと、「仏様が説かれた大いなる智慧によって苦しみのこの岸から、理想のかの岸に渡る乗り物、その中心のお経」となります。
この波羅蜜多は、菩薩の修行徳目で、必ずこの波羅蜜多の修行をつまなければなりません。その波羅蜜多の修行に六つありますので,これを六波羅蜜(ろっぱらみつ)といいます。

1、 布施波羅蜜(ふせはらみつ)
   恵まれない人々に物心両面の施しをすること。
 
2、持戒波羅蜜(じかいはらみつ)
  決められた規則『戒律』をたもつこと。

3、忍辱波羅蜜(にんにくはらみつ)
  どんなに中傷を受けようと、批判されようと、耐え忍ぶこと。

4、 精進波羅蜜(しょうじんはらみつ)
   横目も振らずただ一心に努力すること。

5、 禅定波羅蜜(ぜんじょうはらみつ)
  静かに瞑想し、精神統一して心の安定をはかる。

6、般若波羅蜜(はんにゃはらみつ)
 般若を智慧と訳しています。 真理(永久不変の教え)を体得すること。

以上の六波羅蜜の教えを、春、秋の彼岸に実践していく修行期間が、このお彼岸の本当の意味なのです。このお彼岸の行事は日本だけのものです。春、秋の二回のお彼岸に心を見つめなおす、先人が考えた素晴らしい智慧です。

     
   

● こころのはなし(第4回)2003.3.1

弘憲寺では既に25年も前から、市内の臨済宗法泉寺の和尚さんと共に、写経会を開き、会場を6ヶ月づつ引き受けています。毎月参加者に案内状を差し上げています。
先月法泉寺から頂いた葉書には、次のようなことばが印刷されていました。
 
人生は長いだけが能ではない
長さに加えて広さ
広さに加えて深さ
長くて広くて深い
人生をおくりたい
よろこびと いつくしみくわえて

日本は現在高齢者社会といわれています。総務省統計局の資料によると、65歳以上の人口は2362万人、総人口の18,5%を占めています。75歳以上の人口は初めて1003万人を突破し、総人口の7,9%となっています。

長寿であるというかとは素晴らしいことです。しかし、無病息災であればの話です。我々は確実に老化に向かって進んでいます。老化するということは、体のあちこちに障害があらわれ、多くの人は病院と縁が切れなくなり、憂鬱な老後を過ごすことになります。これが現実の姿です。只々生きるよろこびもなく、希望のない日々を送ることは苦痛になってきます。しかし、老人にある障害や悩みを素直に受け入れて、こころだけは老化せずに常に前向きに生きていきたいと思うのです。

釈尊が説かれた法句経の第83番に次のようなことばが説かれています。

こころある人は
いかなるところにも
ほがらかに歩みゆく
かかる人はこの欲
かの欲に愁いなげかず
幸福にあうも
はた 苦しみにあうも
こころある人は
その思いうかぶことなく
その思いに沈むことなし

我々はありとあらゆるものに心奪われ、それに執われ却って苦しみ生み出しています。例えばお金のことを考えてみましょう。お金はないより有る方がいいに決まっています。しかしそのお金が有り過ぎると、もっと増やそうと考えたり、誰かに取られはしないかとか、何時もそのことに執われて、かえって
苦しみの原因になります。逆に、お金が無いのも困ります。常に不安が付き纏い、それに執われて苦しみの原因になります。

ではどうすればよいのか、釈尊は世の中の真実の教え、永久に変わることの無い教え(真理)を依り所とし、そして欲を離れなさいとお説きになられています。真実の教えによっての安心立命と、それによって何ものにもこころを動かされることなく、いつもこころは淡々として、悲しみや、憂い、苦しみ、迷いによってこころ奪われることがなく、こころ静かに生きていける人にならなければいけないと説かれています。

よく「善人」といいます。パーリー語の原本の善人とは漢訳で「大人」といます。パーリー語の善人は「離欲」と訳され、すべての欲を離れたのでどんな喜びにも、どのような悲しみにもそのこころが動揺しない。このような意味から中国では「大人」と訳されました。

     
   

● こころのはなし(第3回)2003.2.16


皆さんも記憶に新しいと思いますが、1月21日に川崎市の古書店で万引きをした中学生を店主が警察に通報し、その中学生から事情聞こうと警察官とともに店を出たときに、中学生が逃げ、途中にある踏み切りまで来たときにちょうど遮断機が閉まり、警察官の静止を振り切り電車に轢かれその中学生は亡くなりました。

 この事故が報じられると、古書店主への批判が出始め、「万引き程度で警察を呼ぶのは如何なものか」、「中学生なのに配慮が足らない」といった電話が4日間で20件ほどかかってきたといい、店の入り口では「人殺し」と叫ぶ人までいたといいます。店主は自分も責任の一端があると感じて、1月26日に古書店を閉めました。

 この間、取り持ってくれる人がいて、店主は亡くなった少年の父親と会い、万引きにたいする謝罪を受けたといいます。
 その後店を閉めている間に、この古本店のチェーンの本部に1200通から1300通の電話やメールが寄せられました。その多くは「やめないで」「頑張って」「万引きという犯罪に対してとった行動だから、間違ってはいない」という内容だったといいます。

店主は多くの励ましが来ている事を本部の人から聞き、「廃業への決断が揺らぎ、店舗契約などの現実的問題もあるのでとりあえず営業を再開しようとおもいました」と3日から営業を再開しているという。
 店主はことの起こりを振り返って、「年間10数件の万引きがあります。見つけないと、やりやすいみせだと思われてしまう。この日もたまたま防犯モニターを見ていたら、挙動不審な少年が映っていたのです。外に出ようとしたところを呼び止めて奥に連れて行くと、少年は万引きを認め、トレーナのしたから6冊(1750円相当)が出しました。

 店主が尋ねると、少年は名前、中学校名は答えたが、自宅の電話番号は明かさず、店主は中学校に連絡を取り、教師が店を訪れると、少年が実はその学校の生徒ではなかった。
(週刊朝日2月22日号) 

皆さんはこの事件をどう思いますか、万引きという犯罪です。この行為はいかなる理由があろうとも看過してはならないことです。古書店の主人を「万引き程度で警察を呼ぶのは如何なものか」と批判した人の考え方が間違っています。万引きは不正行為です。世の中はルール(規則)によって秩序が保たれています。このルールを守らず好き勝手なことをすれば当然、住みにくい社会になります。

盗みをしてはならないという戒律は、どの宗教でも厳しく戒めていることです。これは何も社会の中だけでなく、家庭の中においても守るべきことです。たかが万引きぐらいのことでといいますが、万引きは悪いことなのです。人々が安心して生きていくための基本的なルールは、幼少時から躾として親が教えなければいけないことなのです。その教育が疎かになっています。

真言宗では家庭の中で行う宗教的行為として、次の10の事を定めています。

1、 殺してはいけない。              (不殺生)
2、 取ってはいけない               (不偸盗)
3、 男女の道を乱してはいけない。       (不邪婬)
4、虚言(うそ)を言ってはいけない。      (不妄語)
5、飾ったことばを口にしてはいけない。    (不綺語)
6、中傷的なことばをいってはいけない。    (不悪口)
7、二枚舌を使ってはいけない。         (不両舌)
8、物をむさぼってはいけない。          (不慳貧)
9、感情のおもむくまま腹を立ててはいけない。(不瞋恚)
10、間違ったものの見方をしてはいけない。  (不邪見)

以上が10種の善であるいましめであります。これを十善戒といいます。これは身体活動と、言語活動と精神活動の三つの働きです。インドのことわざに「そのようなこころがあるように、そのような言葉があり、そのような行いがある」とあるように、こころの有り様と、言葉の使い方、自身の行動を正しくして、人間としてより高い品性をそなえていきたいと思います。

 

   

● こころのはなし(第2回)2003.2.1

 陰暦2月15日はお釈迦様が涅槃に入られた「涅槃会」の日です。真言宗では常楽会といいます。釈尊は今から2500年ほど昔、2月15日、北インドのクシナガラの地で、入滅されました。享年80歳です。
 「涅槃会や しわ手合する 数珠の音」芭蕉 
 「みほとけや 寝てござっても 花と銭」一茶 
 という歌がありますが、釈尊は布教の長い活動の途次、ひどい腹痛と下痢におそわれました。痛みをこらえながらやっとのことでクシナガラに到着いたしました。そこで釈尊は沙羅双樹の間に頭を北にし、静かに横になられました。弟子たちは釈尊の死期が近いことを知り、嘆き悲しんでいました。その時、釈尊は多くの弟子を集め、
 「おまえ達は、万人の幸せのために仏の道を修めてこれを他の人に伝えよ。謙虚な心をもって道の真実を見なさい。真理は私のこの肉体以上に尊いものであって、常に真理をみるものはブッタ(覚れるもの)とともにあるのだ。」諭されました。
涅槃という意味はサンスクリットでニルバーナといいます。雑阿含経に「涅槃とは貪欲永く尽き、瞋恚永く尽き、愚痴永く尽き、すべてのもろもろの煩悩永く尽く。これを涅槃となずく。」と有ります。貪りと、妬みと、愚痴を三毒といい、我々の心を滅ぼす毒となるもであるから三毒煩悩といいます。この三毒がすべてなくなった状態。すべての煩悩がなくなった状態。あたかも煩悩の炎が吹き消された状態を涅槃といいます。
釈尊は多くの弟子達に見守られながら静かに永遠の涅槃に入られました。弟子達は嘆き悲しみ悲嘆にくれましたが、その中で一番安らかなお顔をなされているのがお釈迦様です。
これは余談ですが、涅槃図のなかに大勢の弟子達とともに、沢山の動物も描かれ、ともに嘆き悲しんでいます。ところが涅槃図の中に猫だけが描かれていません。
涅槃会や 猫は恋して 寄り付かず
という川柳があります。旧暦の2月15日頃は猫の発情期だそうです。恋に狂ったものは親の死に目にあえないとはこのことから始まったようです。
また陰暦の1月15日は「西行忌」です。西行は平安後期の歌人です。
願わくは花のしたにて春死なむ そのきさらぎの望月のころ
と歌いました。西行がなくなられたのは文治6年2月16日に河内、弘川寺です。
きさらぎの望月の頃とは2月15日です。西行は釈尊に憧れを持っていたのでしょう。ところが残念なことに亡くなられたのは16日、一日違いです。後世の人が命日を釈尊と同じ2月15日にしてしまい、この日を「西行忌」としています。


長尾 惠證
   

● こころのはなし(第1回)2003.1.1

 明けましておめでとう御座います。

 中国の言葉に「日出でて乾坤輝く」という言葉があります。「ひいでてけんこんかがやく」と読みます。
 年末になると年賀状が売り出され、クリスマスの音楽が町に響くと、背中に鞭打たれるように気ぜわしく感じ、否応無しに喧噪の中に巻き込まれてしまいます。新しい年を迎えるに当たって何か年内中にしなければならないことはないかとあれこれ考えると、何かに追い立てられるようです。

 しかし、大晦日の慌ただしさから解放され、ホッと一息つくころになると、その喧噪が嘘のように消え、遠くから除夜の鐘が聞こえて来ます。一夜明け正月を迎えて家族揃ってお祝いの席に着くころには、昨日までのざわざわした慌ただしさも消えて、心が何か清々しくさえ思えます。元旦に初日が昇り、その光を受けて、すべてのものが新鮮に映るのはなぜでしょうか。

 それは心の働きによるのです。正月だという改まった心構えによって、すべてのものが輝いて見えるのです。「乾坤」とは天地ということ、大宇宙ということです。こころの持ち方ひとつで天地、大宇宙までが輝いていると観ることができるのです。心の働きによって世界がガラッと変わってしまうのです。心の在り方がいかに大切かご理解いただけるでしょうか。今年も不況の暗雲が垂れ込め、日本全体が暗い感じです。今年こそ心を切り替え前向きに生きていきたいと思います。



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